静寂さと、もうひとりの自分と・・・

我が家(権田家)のテレビが、購入日からちょうど1年たった ある日、プッツリと画面が映らなくなり、故障してしました。

2週間後にやっと、メーカーの人が修理に訪問してきてくれたのですが、長時間、あっちこっち見てくれても、なかなか直らない・・・??ようで、代わりのテレビを置き、我が家のテレビは、工場?へお持ち帰りの入院となりました。

 

”〇〇号貸出機”と画面右上に大きく貼られた 代替のテレビ君が、我が家の隅にちょこん、と置かれています。

 

こんなわけで、故障後2週間ほど、私たちは テレビなしの生活を送りました。

 

テレビの音が消えた当初は、なんとなく違和感がありましたが、しばらくすると、静寂な部屋に かえって新鮮さを見出し、今では、貸出機君は、あんまり活躍の場がありません。

 

そんななかでふと、気づきましたが、やはり、 ”静寂な時間”って大切ですね~。

 

私たちは、無意識に耳に入ってくる騒音を知らず知らずに受け入れて、かつ、視覚でも大量の情報を処理し、あわただしい日常を送っています。

 

だから、意図して、静寂さをキープする時間って大切だと思います。

 

先日、TKC関信会の座禅(坐禅)研修に参加してきました。

 

長野県に限りなく近い、新潟県の妙高高原で、合宿は行われました。

 

座禅は、瞑想も含めて、経験者ではありましたが、比較的まとまった時間を設けて座る、という経験はやはり貴重でした。

こんな簡単なことなのに、なんで日常でできないんだろう・・・という思いも日々、あっての参加でした(^_^;)。。。

 

 座禅会では、高橋宗寛和尚のご指導のもと、何セットか 座禅を組んだ後、和尚さんのレクチャーも合わせて行われました。

テーマは、毎年変わっているそうですが、座禅の基礎知識のほか、仏教の教えを私たちの人生やこの職業に活かすべく、分かりやすいご説明をしてくださいました。

今回は、「人を育てる」がメインテーマであったように思いますが、お話を聞いていて、先人の智慧って本当にすごい!!と思いました。

人生、学ばないと、損だなぁ、と。

 

「教」は、知識を教える、知らないことを伝えるという意味ですが、”おしえ”には、もうひとつ「誨」(さとす)という言葉もあって、こちらは、(すでに知識は持っている)相手の心をただすよう、”おしえさとす”という行為です。

 

後者は、真に、自分自身に「胆力」が備わっていなければできない 大変なことだけれども、人生をかけて確立したい、人格を構成する、ひとつの要素だと感じました。

 

そして、坐禅の意義、目的ですが、 「我を主体として考えることを一時ストップする」 (すなわち 無心になる)ということ。 

考える主体(=我)をいったん捨てて、本当の自分を見い出すためのトレーニングなんだな、と思いました。

 

その意味で、税理士法第1条の「独立」の本質的な意味は、

 納税者からの「独立」と、税務当局すなわち徴収者からの「独立」と、そして、自我からの「独立」の3つの意味がある、と教えてくださいました。

自我(自分)からの『独立』なんて かっこいいな~、と感激した私でした。

ニュートラルな、もうひとりの自分(人格かい離じゃなくて(^_^;))、しっかりと養成したいな、とあらためてしっかりと感じました。

 

 

 哲学の木

 

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