「社員稼業」の考え方を通信の5&6月号に♪

オリジナルの事務所通信5&6月号では、テーマは連続しているものの、大きく二つに分かれています。

そのコトはじめが、松下幸之助氏が60年以上前に説いた「社員稼業」です。

 

その「社員稼業」の発想から、社内で、立場や役職を超えて、ある”思考法”を養成しようとするのが、次のテーマ。

それが、『具体と抽象』です。

今回は、その前半から・・・

 

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「自分で自分を経営する」という、松下幸之助の“人材観”

コロナ流行以前も、社会の環境変化は大きく変化していましたが、コロナ流行により、産業構造そのものや働き方、ライフスタイルなど、さらに急激な環境の変化に直面せざるをえなくなりました。

このようなニューノーマル時代には、私たちの誰もが働くことや生きることの意識を変えたり、会社としても組織の底力アップを図るような工夫がおのずと必要になってくると思います。すなわち、会社の経営も、経営者陣だけでなく、社員自らも、経営者の発想で仕事をしていく考え方や取り組みがこれから大きく期待されます。

パナソニック創業者の松下幸之助は、今から60年ほど前(1962年)から、「社員稼業」という言葉でそのような視点を表現していました。「社員稼業」とは、たとえ会社で働く一社員であっても、社員という稼業、すなわち一つの独立した経営体の経営者であるという高い意識や視野をもって自らの仕事に当たるという発想です。

これは社員のモチベーション向上のための方便ではなく、『人間は誰もがダイヤモンドの原石のようなものである』という松下幸之助自らの“人材観”に立って、社員たちに最も意義ある働き方をしてもらいたいというエールの言葉でした。

 

当時の松下電器(現パナソニック)は、従業員数が千数百人規模に成長していました。今は、戦後の資本主義の背景で成立した現在の(知名度のある)大企業体制が一般的な感覚ですが、200年ほど前の江戸時代では大きくても総勢30~40人くらいの問屋が大企業のような存在でした。

松下幸之助は、経営者も社員も隔てなくお互い顔を見合わせて一緒に経営をしていた昔の(丁稚時代の)感覚を忘れず、大規模化した会社の組織においても社員は『独立した事業を営む主人公であり経営者である』という考え方を提言しました。

 

 『社員稼業の店主であるとなれば、身近な人も上役も同僚も我が店のお客さんであり、創意工夫をこらした提案を誠意をもって売り込みにいき、用いられたとなれば、我が店、我が稼業は発展していく。その発展は自分だけではなく、社内に及び、さらには世の中に広がっていく。・・・単に月給をもらって働くサラリーマンではなくて、それを自分が事業としてやって報酬を得ている、と解釈すれば自分というものが浮かび上がってくると思います(原文を一部省略)

 

 このような心境に立ち、稼業としての尊厳を感じたならば、社員自らの頭から想像もできない偉大な力が生まれ、愉快に人生を味わうことができる、とも述べています。

 

半世紀以上前の発想ですが、現在の経営環境下、これから多大なヒントになると思います。